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いただきさんと伊藤さん 8 years ago
昨夜の岡本さんとの香川案内トークでは「いただきさん」という讃岐のキーワードがでてきた。いただきさんというのはおもに讃岐の漁師の奥さんがする魚の行商のことで、彼女達は自転車に取り付けたサイドカーに魚を乗せて街に出て、馴染みのお客さんに対して路上販売をしているそうだ。時には街中で魚を捌いたりもしているその風景は今でも日常であり、言うならばいただきさんは昔から現代の高松に引き継がれているローカルなコミュニケーションの場なんだね、みたいな話を岡本さんとした。なんでそんなことを書いたかというと、今日、久しぶりにお会いした伊藤さんにレジ袋をたくさんいただいた時に、心に思うことがあったから。

伊藤さんは根津神社の参道そばで一人暮らしをしているおばちゃんで、根津育ちだから口がほんのちょっとだけ悪くて、でもものすごく優しくて大好きなおばちゃんだ。ちょっとしたきっかけで話をするようになって、もう何年も僕らを気にかけていろいろと面倒を見てくださっている。伊藤さん、たぶんベーグルは好きじゃないからいつもはあんまり買ってくれないけど(孫がお祭りで帰って来るときはたくさん買ってくれる)、定期的にお店に立ち寄ってくれて今日みたいにスーパーで集めたレジ袋の詰め合わせをくれるのだ。お店のカーテンを開けた時に自転車のカゴにレジ袋がいっぱいに入っているときもよくあって、それを見ると苦笑しながらも僕はなんだか安心するような嬉しさを覚えている。

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今日もお店にレジ袋を持ってきてくれた伊藤さんと最近の話をした。「こないだまで肺を悪くしてて、しばらく入院してた。レジ袋を持って来れなくてごめんね。」とおっしゃった。どうりでお店にストックしてるレジ袋がもう少ないわけだ。と同時に僕は、伊藤さんが続けてくれている好意に対しての自分の関心が薄れてきていることを痛感し、そのことを恥ずかしく思った。

「いただきさん」と「伊藤さんのレジ袋」では全く違う話なんだけど根底ではどこか繋がっている部分があるような気がしている。さも当たり前に、いつも通りやってきてくれる出来事ほど、なくしてしまったら取り返しがつかない本当に大切な存在であり日常なんだろう。いただきさんにはこれからも高松の食卓を豊かに、街をにぎやかしてほしいし、伊藤さんにはこれからも元気に、時々くだを巻きながら定期的にレジ袋を届けてもらえたらそれはすごくうれしいことだ。僕の身の回りで起こる日常の、その中に潜んでいる誰かの好意や優しさを時々はちゃんと確認して、ありがたいなぁって感じていけるようにならないとね。