結婚指輪のこと。 |
9 years ago |
数日前ちょっとした出来事があって、しばらく「結婚指輪」について考えている。
今朝も漠然と「結婚指輪のこと」を思いながら仕事をしていたので、レジをする時にはどうしてもご夫人方の手元に目がいってしまった。その行為自体、何かいやらしいし(そんな気持ちは全くないのだけど客観的にはそう見えるはず)、相手だっていい気分はしないので明日からはもうしないようにする。というか、相手はお客様。もうしません。どうぞご安心ください。
さて、今日の話です。
お昼前に老夫婦がいらっしゃった。界隈を散策の途中で立ち寄ってくれた感じの2人だった。
旦那様はいかにも頑固者という風情で、奥様の少し斜め後ろでじっとしていた。
対して奥様は溌剌で、早口で手際よく、とても元気な印象だった。
レジを打つ時、僕は例に漏れず奥様の左手をちらっと覗いていた。
結婚指輪は薬指にのめり込むように据えられていて、鈍く白金色を放っていた。
その様子があまりにも不自然(むしろ自然というべきかも?)だったので僕は思わず「指輪、痛くはないのですか?」と、初対面に関わらず大変失礼なことを聞いてしまった。
奥様は笑いながらおっしゃった。「痛くはないわよ。毎日が忙しすぎて、外すことなくずっとしてたらもう抜けなくなっちゃった。ちょっと不格好でしょ?」
そして、こう続けた。
「私が死ぬ少し前にこの指輪を外して、質に入れて、そのお金で美味しいものを食べさせてもらったり、世界旅行に連れてってもらおうと思ってるけど、どうやら無理みたいなのよね。最後もこの指輪と一緒。」
僕は、そんなことを困ったように話す奥様の姿と言葉に大笑いしてしまい、釣られて奥様も大笑いした。旦那様は静かに微笑んでいた。
お会計を済ませ、お二人を送り出した。
へび道からしのばず通りへ続く細道を、2人は歩いて行った。
外は寒気に包まれ始めた秋の気候で。小さいお二人が何となく寄り添い、まるで一つの点に近づいていくように、遠くなっていくのをぼんやり眺めているうちに、僕は泣いていた。さっきの奥様の言葉が頭内でまた鳴っていた。そして恥ずかしながら、気付けば強く泣いていました。その15分後に近所の帽子屋の店主が遊びに来たけど、ばれていないと思う。なんとか間に合った。
そんなことがあったから、もう人の結婚指輪を見るのはやめようと思った。これが本当の理由。
僕の指は?指輪は?
妻の指は?指輪は?
それぞれの関係性や形はどのように変化していっても、めったに指輪をつけなくても、たとえ歪な見た目でも。
そこに歴史というか、かっこつけると「2人が共有している物語」があり、2人だけに見えていればそれでいいと思う。
それが1番いい。
そして、夫婦の物語は覗き見するものではない。